
〇大恐慌に耐え抜いた〇
彦部駒雄氏は、戦前に桐生織物同業組合(現、桐生織物協同組合)の組長を務め、桐生織物が全盛を誇った大正末期から昭和初期にかけて、両毛地域の織物業界の指導者だった。
この時期の日本は、蚕糸や絹織物が輸出の大黒柱だつた。世界大恐慌があった1929年(昭和4年)、日本の輸出に占める蚕糸類・絹織物の割合は44%だった。近年2007年の輸送用機器と電子機器の比率が45%なので、当時の蚕糸産業は現在の自動車と電気産業を合わせた規模だった事が分かります。
彦部は繊維不況に対抗するため、大阪や京都で群馬県知事まで担ぎ出して自ら売り場に立ち宣伝活動し、その数は30回近くにおよんだ。
29年には東南アジア市場を約3ヶ月間視察。その後、上海やコルカタ(旧カルカッタ)などに駐在員を派遣、輸出業者と規格統一や商取引方法の改善策を次々と推し進めた施策が功を奏し、桐生織物の32年の輸出量は29年の約4倍に膨らみました。
米国発の経済危機で、輸出業者の多くが苦しむ現在の状況を彦部が生きていれば、どう対策を採るでしょうか?。
(写真は、群馬県桐生市の中心に有る桐生織物会館の前庭にある彦部氏の業績を称えた碑)。
